「政権交代」そのものが不要だといえる訳

「政権交代」そのものが不要だといえる訳


「政治を変える」


そのために必要な手段としておそらくほとんどの方が真っ先に
「政権交代」
を思い浮かべるのではないだろうか。

確かに、二大政党制である米国などであれば、両党ともに政権担当能力があり、党ごとの主義主張やカラーがはっきりとしているため、あながち間違ってはいないだろう。

しかし、日本の歴史を振り返ってみてほしい。

自由民主党は結党以降、下野したのは二度のみ。

一度目は細川内閣に始まる「非自民・非共産連立政権」でありこれはとにかく自民党を排除するというだけの8党派にも及ぶ連立政権であったため政策の調整すらまともに行えない状態であったため「ガラス細工」などと揶揄されていた。

加えて、細川首相自身が当選一回の閣僚未経験者。閣内も閣僚未経験者ばかりであったため、実質的には素人集団の寄せ集めであり、結局は自民党の政策を見様見真似でなぞろうとしただけに終わり、内部分裂が原因で8ヶ月あまりの短命内閣となった。

続く羽田内閣も始まる前から終わっていたようなもので、わずか3ヶ月ほどで退陣。
1年と経たずして、自民党は政権の座に返り咲いたのである。


そして2度目は記憶に新しい民主党政権。
一度やらせてみたはいいものの、説明不要の失態に次ぐ失態。
都合の良いことだけを言ってきた素人集団が官僚すらも切り捨てた結果、手に負えない状態となった。

その後の安倍政権が長期にわたって国民から支持される基盤を作ったのは彼らだとも言えるであろう。

このように自民党以外が政権をとったとしても、いずれも短期で自民党に奪還されるというのがお決まりのパターンなのである。


この二度の政権交代に意味はあったか。


はっきり言って無意味であったのだ。

特に民主党政権に言えることだが、ろくな経験もなく、組織体制も未熟な素人集団に任せたところで、無駄な空白期間を生み、政治を停滞させただけだ。

結局は政権担当能力があり、官僚との連携も上手く行い、地方に根付いた組織によって国民の声を吸い上げることのできる自民党に自然とバトンは戻ってくるのである。

しかし、政権交代に意味はないが、現在の日本にはその代わりとなるものが存在する。

それが、少し前に世間を騒がせた「総裁選」である。

何故、マスコミが一つの党に過ぎない自民党の代表争いにあそこまで注目するか。
野党などが言う「忖度」が理由などではない。

総裁が変わることが首相が変わることと同義であることは勿論、それによって「大きく」時には政権交代に匹敵するほどの政策の転換が行われる可能性があるからだ。


例えば、小泉旋風である。 

「自民党をぶっ壊す」


と言い放ち、総裁選に出馬した小泉純一郎氏は、その結果の良し悪しはともかくとして、言葉の通り大きな政策転換を行った。

また、前回の候補者であった河野太郎氏、高市早苗氏、野田聖子氏。
その誰が総裁になっていようとも、現在の岸田政権とは大きくカラーの異なるものとなっていたであろう。

あるいはその前の総裁選で「党内野党」と呼ばれる石破氏が勝利していたら……?
それこそ安倍内閣とは全く異なる方針を掲げていたことであろう。

先程出てきた「党内野党」という言葉がキーワードである。
自民党にはタカ派からハト派まで様々な人材が所属し、それぞれ異なる政治理念や思想を持っている。

だが、例えそれが現在の主流派と異なっていようと、綱領に記された基本的理念から外れてさえいなければ、追い出されることも無ければ咎められることもないのである。
(この基本理念の共有というのが大事で、全く主義主張の異なる野党共闘などと一線を画した本来の『多様性』を自民党が持つ理由である)

そして、誰もが総裁選に立候補し、首相になるチャンスがある。

さらに、そこに「派閥」というシステムが加わることにより似た政策観を持った者同士が集団を作る。
いわば、一つの党内にいくつもの党が存在する状態と言っても過言ではないのだ。

それは自浄作用としても働き、選挙で負ける、すなわち国民が評価しない政権であると所属する議員及び党員が判断した場合、総裁選において審判がくだされることとなる。

さらに、自民党のすごいところはここからである。

皆さんは民主党政権当時の代表戦を覚えておいでだろうか。
候補同士がお互いの足を引っ張り合い、ブツクサと文句の言い合い。
これではどちらが勝とうと上手く政権を運営していけるはずがない。

それに対し自民党は、総裁選が終わり、新総裁のもとで新たな方針が定められたとなれば、先程まで火花を散らしていた議員達が一斉に再び手を取り合い、党が定めた方針に向けて仕事を始めるのである。
そして何より、トップが変わろうと事務方や霞が関との連携が変わるわけではなく、地方組織が解体されるわけでもない。野党との政権交代と異なりスムーズに政策遂行が行えるのである。

つま実際の「政権交代」よりも合理的かつ有意義な役割を「総裁の交代」が担っているのである。

故に断言しよう。現在の日本において「政権交代」は不要であると。

これは、政権担当能力のある野党が誕生するか、あるいは自民党が自民党としての器を失うまで変わることがないであろう。

事実、それが変わることがなかったが故に、自民党は今日まで長年に渡って国民に選ばれ続けてきたのだから。





※当記事はあくまでも個人的な「意見」であり、所属する団体とは一切関係ありません。
 また、特定の政党への投票を促す意志もないことをご了承ください。

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